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自信を持っていた生き方が次々と崩れ、自分の間違っていたことが思い出されて涙が出ました。
- ( 62歳 女性 A.K.)
- 掲載日:2010.06.29
◆治良をはじめて9ヶ月後の感想
MRTを初めて半年くらいは、逆行につらい思いもありました。しかし「月刊MRT」を繰り返し操り返し読みました。パシビティ教室にもできるだけ参加して内海先生のお話も聞き、心の中がどんどん洗われるようになりました。この頃は病が起きると「なぜか?」と自分の心に聞きます。
自分の生きてきたやり方に、自信を持って生きてきたものが次々と崩れ、罪深くあったことが次々に思い出されて涙が流れました。こうして涙を流す度に心が洗われるように幸せに思えて参り、今日では坦々と自然に全く幸せに過ごしております。我が心の中の神様に感謝の毎日です。有り難うございます。
◆それまで白信を持っていた生き方か崩れてしまったというのは、どのようなことだったのでしょうか?
私は空襲で早くに父をなくしました。長女で下に4人、弟や妹がおりましたので、人生を間達いなく生きていかなければと思い、自分ではそれを実行してきたつもりでした。絶対間違わないように、しっかりと生きてきたつもりでした。けれどもMRTに来るようになって、それは間違っていたなあ、と思うようになりました。今、自分を振り返ってみたとき、私は小才を使ったこざかしい生き方をしていたんだなあ、と思うのです。
たとえば結婚にしてもそうでした。空襲で父を亡くしましたあと、私だけが母親が違うということがわかったとき、私は育ての母に大変感謝いたしましてね、「この母親のために、どうでも弟妹たちの面倒を見よう」と決心したのです。
それで私は結婚したんです。先方が生活をみてくれるというので、「親兄弟のために結婚するんだ」と納得して、みんなにもそう言って。ところが本心はそうではなかったんですね。この人と一緒になったほうが、16やそこらで親や兄弟の食べるものを稼ぐより楽だからと、自分が楽をしたいがために結婚を選んだのです。
そんなふうに、いつも生き方を、心の底で楽なところ楽なところと選んでいたのですね。ところが世間様にはお姉さんぷって、みんなからあなたは偉い偉いと言われて、自分でもいい気になっていたのです。
また、生みの母親に対して、自分をいつわった態度をとったまま、ガンで死なせたということがずっと気にかかっています。
私は当時、育ての母親に義理を立てて、生みの母が来ても決して会おうとはしませんでした。育ての母の前では「私のお母さんは今のお母さんだけだから、絶対に会わない」と言って、帰しちゃったのですね。
他人は「まあ、あの子はとうとう会わなかったよ」と私をほめましたし、育ての母親もきっと、とても嬉しかったろうと思います。でも私は後から人づてに内緒でちゃんと文通をしていたのですね。そして今に自分が所帯を持って、自分に力ができたら生みの母とも一緒に暮らそうと思っていました。
しかしそうはいかないうちに、生みの母親は病気になりました。もう死ぬのもわかっていたのですけれども、私は、自分のデートの途中に寄ったくらいなことで、看病もしないで...、それきり会うことはなかったのです。
それから、子供を生んだときも、「子供に乳をやると乳の形が悪くなるからやるな」と言われたから、「そうかなあ」と思ってその通りにしました。しかしその子は半年で死んじゃったんですね。
いつも自分は正しく生きていると思っていたんですけれど、これはやっぱり間違っていたと思います。
このように、自分の心の底のいやな面を殺してしまうような生き方をしてきたことが何度かありました。そしてそのことをすっかり忘れてしまっていたんです。
◆どのようなきっかけでそのことに気がつかれたのでしょうか?
それは「自分はなぜ病気になったのかなあ?」と思っていたら、ちょうど月刊MRT92年8月号に「なぜ病気があるのか」ということが出ましたでしょう?あれを何べんも読みまして、「ああそうか、私は卑怯な、小ざかしい生き方をしてきたなあ」と思ったのです。それなのに全部、いい子ぶりっ子というのでしょうか、そういうふうに装って世間の目をごまかして、目くらましして、その実ちゃんと自分の好きなように生きていたんだなあと思ったのです。
それからはどこか具合が悪くなっても、何かのお知らせだろうと思って、何も気にならなくなりました。年のせいもありますけれどもあまり欲もないし、欲というのは物欲で、こういう人生の勉強をしたいという欲はありますけれど...。それから生きる生き方も非常に楽になりました。
昨年の2月から治良を受け始めて、今では、肩凝りもありますけど、肝炎もありますけど、気にしないんですね。以前はちょっとどこか具合が悪いとすぐ整形外科に行って引っ張ってもらったり、早期治療に心掛けていたのです。早く治療しないと大変だという洗脳がありますから。そうして先手先手を打つような、こざかしいことをしていたんですね。
MRTへ来て気がついた一番大事なことは、今までの私の人生はずっと人に心を預けていたということです。くだらないことならいいですよ、でも大事なことでも何でも人に心を預けていたんです。
やっぱり人の意見を聞いておく方がいいと、みなにいいように合わせてしまうのですね。友達と一緒にデパートに行っても「あなたのいいように行って頂載、私はついていくから」「あなたは行きたいところないの?」と言われても「別にないの」と答えていました。特に自分の買いたいものがあれば、あとで自分でまた来ればいいや、という感じでね。何か食ぺるのも「あなたは?」と聞いて「私もそれでいいわ」という具合で、自分がないんです。大事な買い物をするときも人を信じて決めてしまうのです。もちろん、小さい時から苦労していましたから、大事なところではしっかりしていて、だまされたという失敗はないのですけれども...。世間的に言ったら、それはしっかりすべきところはしっかりしていて、人ともうまくやっていけるのだからいいといわれますし、私自身もそれをよしとして生きてきたわけです。それがMRTに来てから、簡単に人に心を預けていたんだなあって、思ったのです。自分の心がいやだって言っていることを、やっと気づけたということですね。MRTの本もいっぺん読むだけだとなあんだという感じなんですが、もう一回読みますと、なるほどと思うのです。
若い頃はとてもせっかちでした。何でも人が1覚えるときは2覚えるというふうにすごく欲張りでした。人の分まで全部暗証して、自分がやるときはサッとできるようにとか、ものすごい欲張りだったんです。要領が良くてこざかしいのですね。だんだんまあそれも直ってきましたけど...。
内海先生力おっしゃるような中心感覚を自分で高めるということはまだとてもできないと思いますが、あせる必要はないと思っています。自分だけだとすぐに忘れるから、日1ごろからMRTに来て、ずっとつながっていれば、忘れないでいれば、少しずつ少しずつゼロになって行けるのではないかと思っています。
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