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4度の死の宣告を乗り越えた中心感覚
- ( 男性 匿名)
- 掲載日:2010.06.29
皆さんは、『死』というものをどのように考えておられますか?私は、過去に4度も死の宣告を受ける程の、波潤万丈の人生を歩んで参りました。
1度目は、4歳の時の大やけどです。その時は、運良く一命を取り留めることができましたが、医師は「非常に厳しい状態だ。死を覚悟した方がよい」と両親に語ったそうです。
2度目は9歳の時でした。大熱病とでも言いましょうか、原因不明の高熱が2週間も続き、かかりつけの医師も自分の手に負えず、大学病院で医師をしている息子さんを呼ぶしか手がなかったのです。10歳の時には、異常な視力低下で、やむなくメガネをかけることになりました。更に大学病院に行った結果、当時ではまだ珍しいコンタクトレンズを使用することになりました。しかし、視力は一向に良くなりませんでした。当然です。今だから言えることですが、目など全く悪くなかったのです。医学の遅れに、腹立たしさを感じるしかないのです。
中学時代には、顔面神経麻痺や、首への吹き出物など不気味な病気に悩まされ、病院通いが続きました。
最も悲惨だったのは高校時代でした。食事は、ほとんど受け付けなくなり、食べても1時間もしないうちに吐いてしまうのです。ですから血圧も60~90という、ひどい低血圧で、まさに薬漬けの毎日でした。
3度目の死の宣告は18歳の時です。視力低下から大学病院に行くと、即入院、そして生死を賭けた10時間を越す大手術を受けたのです。当時の担当医は、「10年の手遅れだ」と語っていました。
そして4度目は、その大学病院を退院する時でした。当初、医師は本当のことは語ってはくれませんでしたが、説得の結果、医師の口から語られたことは、私の寿命は「長くて5年だ」と死の宣告を受けたのです。更にダブルパンチのように、失明の可能性や、再発の可能性も大であるとのことでした。
このように、4度の死の宣告を受け、右目は光を失い、極度の低血圧に悩まされ、再発の恐怖と戦う私は、いつも青びょうたんのような顔をしていました。
そんな私が友人から、『仙骨に無痛ショックを与えると病気は消える』の本を紹介されたのが昨年の12月のことです。熟読し、早速、MRTにお世話になりました。
MRTを初めて受けた時は、あまりの早さに「えっ、もう終わり~」と半信半疑でしたが、リーディングを受けた後には良い変化が起きていました。特に変わったことは、食欲が出てきたということです。以前の私は、茶碗1杯のご飯も食べきれなかったのですが、最近は2杯、3杯とおかわりをするようになりました。家族も驚いています。
ずっと悩んできた低血圧も変化し、青白かった顔にも赤味が増し、仕事もできるようになってきました。
そして内海先生の、『医者がお手あげの病気は仙骨で消せ!』、『中心感覚を磨け!』、『中心感覚シミュレーション思考法』の3冊の本も読ませて頂きました。人間関係も、中心感覚シミュレーションによって、快適なものになってきています。
MRTまで、片道2時間半かけて通っていますが、そんな時間は気になりません。これからも中心感覚を磨き、リーディングを受け続けて、人生をリフレッシュして参りたいと思います。
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