
◆全身の歪みを治したい私に「ちょっと面白いところがあるわよ」と友人に誘われて
私は、一八歳と二〇歳のときに、蓄膿症の手術を二回受けました。しかし、その後も鼻の通りが悪く、特に飛行機で東京に向かうときには、ちょうど富士山が見えるあたりから鼻が詰まり出し、めまいや頭痛が起きるほどでした。ただでさえ高所恐怖症の私にとっては、ほんの一時間ちょっとのフライトがもの凄い精神的ストレスでした。
二五歳のときには、自転車に乗っていたところで車と正面衝突して転倒し、腰と頭を強打しました。頭にできた大きなたんこぶ(腫瘤)を診た医者からは「そのたんこぶのお陰で命が助かったのです」と言われましたが、全身を打撲していましたので、回復するまでかなり辛い時期が続きました。
そして、四五歳のときにも、自転車に乗っていたところを車に引っ掛けられ、足首にざくろのようにぱっくり裂けてしまうほどのケガをしました。幸いにもアキレス腱は切れていなかったので、時間は掛かりましたが、何とか元気を取り戻すことができました。
その後、四七歳で三度目の交通事故に遭いましたが、そのときはとっさに自転車から飛び降りたので、以前の事故のような大きなケガをすることなく難を逃れました。
私は、何度も事故に遭いながら、それでも販売の仕事(立仕事)を長年続けてきましたので、気付いたときにはいつも首から肩にかけて張っておりました。そして、背中と腰に痛みが出るようになり、しだいにふくらはぎまで広がり、普通に歩くのさえきつく感じるようになっていました。
その後も、身体が辛いながらも仕事を続けてきたことで、六八歳になる頃には、とうとう背中が丸くなって姿勢も悪くなり、立っていること、歩くことがますます辛くなっていました。
そんなある日、上向きに寝ている自分の姿勢にフッと目をやると、何と身体全体が足に向かって右に大きく曲がっていることに気付いたのです。「これは骨盤が大きく歪んでいるからに違いない。全身の歪みを治したい」と思いましたが、若い頃、看護助手をしていた経験から、病院に行っても治らないことはわかっていましたので、「どこか整体の良いところがないかしら?」と友人に相談しました。そして、MRT愛媛やMRT博多に通っている友人から「ちょっと面白いところがあるわよ」と教えてもらったことが切っ掛けとなり、整体治療のつもりでMRT愛媛を訪れました。
◆一回目の治良の翌朝、大量の真っ黒い便にビックリ!
初めてMRTを受けた日はぐっすり良く眠れ、翌朝トイレに行くと、思わず「洋式トイレが詰まって流れないのではないか!」と心配するほど、真っ黒い便が大量に出てとてもビックリしました。私はもともと軟便で一日に四〜五回も排便していましたので、腸の中に宿便が溜まっているなんて思いもしなかったのです。身体もやせ型なので、こんなにたくさんの便がどこに溜まっていたのかと本当に不思議に思いました。
そして、ほんのちょっとですが、腰痛が楽になったのを感じ、MRTに行くのが楽しみになりました。RTの先生から「仕事の帰りに毎日でも『センコツくん』に乗りに来てくださいね」と言われ、治良を受けない日も仕事の帰りに時々『センコツくん』に乗るためにMRTに立ち寄るようになりました。
◆二回目の治良の翌朝、今度はきれいなバナナ便にまたビックリ!
二回目のMRT治良を受けた翌朝の便をトイレで見たときは、今度はきれいな黄色のバナナ便だったので、またビックリしてしまいました。私は若い頃から腸が弱く、いつも軟便で形がない状態が当たり前でしたので、何十年振りに理想的な便の状態を見て本当にうれしくなりました。
一回目のMRT治良後に腸の大掃除が行われ、身体中がきれいになってきたことを実感し「これで私は元気になれる」と確信したのです。
その後、三回目のMRT治良後には腰の痛みがジワーッと出てきて驚きましたが、反対に左のふくらはぎの痛みは取れていました。そして四回目の治良後には、腰の痛みは消えて腰が伸びるようになってきました。
五回目の治良を受けた辺りから、とても良く眠れるようになって身体が軽くなり、立っていることもどんどん楽になってきました。そうして周りの友人から「あなた、姿勢が良くなったわね」と言われるようになったのです。
その後も、「今日は頭痛がするわ」と思ったら翌日はすっかり消えたり、目がウルウルして涙が出たりしました。それから、急に一〇分間だけ手が痒くなって、その後、嘘のように消えてしまうなどなど、次から次に身体中に変化が出ては消え、出ては消えを繰り返しました。
そして、一〇回目の治良が過ぎた頃には、過敏だった腸が落ち着いてきて一日に二回ほど良い感じの便が出るようになってきました。体調も良くなり、精神的にも明るい気持ちになれて、やる気が出てきました。
◆治らなかった黒皮症の顔のシミが濃くなった後に、薄くきれいに!
一番驚いた変化は、一〇回目の治良が過ぎた頃に現われました。
実は、私は四五歳のときにP化粧品を使い始めたのですが、しばらくすると「あれっ、鼻の下にひげが...」と気になるくらい鼻の下の皮膚が黒く見えました。それからしょっちゅうひげを剃るようになったのですが、剃っても剃ってもきれいになった感じがしないのでよく見てみると、それはひげが濃くなったのではなく、鼻の下の肌の色が黒く変わってきていたのです。最初はその化粧品を使っていることが原因と気付かずに、その後も一年くらいは使い続けましたが、化粧品をやめたときにはもう遅く、顔の皮膚が黒くなるのを止めることはできませんでした。さらに、日焼けでそのシミはどんどん顔中に広がり、シミと言うより顔全体が黒ずんで見えるようになっていたのです。
その後、約二五年間、ずうっと黒皮症で顔が黒いことを気に病み、なんとかして治せないものかと医者に行ったり化粧品を変えてみましたが、一向に良くなることはありませんでした。「これはもう仕方がないこと」と諦めていましたので、MRTを受けるようになっても、さすがにその黒皮症まで変化するとは夢にも思っていませんでした。
ところが、MRT治良一〇回目辺りから、そのシミが急に濃くなり始めたのです。今までの治良の変化を経験して、症状が表に出ると、その後は消えていくことを実感していましたので、「いよいよ、逆行がおいでなすったな。ひょっとして、これもきれいになるかもしれない...」とひそかに期待が持てるようになっていました。
それから二ヵ月が過ぎ、MRT治良一五回目の頃には、一時的に濃くなっていた顔の黒ずみが薄くなり、徐々に顔が白くなっていきました。
何より、白くきれいな私の肌を見た友人達は驚きを隠せずに、「化粧品変えたの?」「何をしたの?」と口を揃えて次から次に質問をしてきました。
◆一二月にメニエール病になり、つい無理する自分の癖に気付く
そうして最初の三ヵ月間は順調に良くなっているのを実感していたのですが、一二月中旬に急にめまいがするようになり、病院に行くと「メニエール病」と診断されました。医者から処方された薬は、一回飲んだだけで下痢をしてしまい、やはり薬は駄目だと気付き、MRTに行きました。そのときの一回の治良でめまいはすぐに取れましたが、自宅に帰ってから、何かしなければと逸る気持ちが起き、腹筋を三回したところで、まためまいが起きてドキッとしました。
そこですぐに仙骨を意識したら、スーッと症状が消えるという体験をして、本当に仙骨の大事さを感じました。そして、「自分には何があっても仙骨を意識すればいいのだ」ということがわかり、それからは慌てずに真に自分を中真にできるようになってきたことを実感しております。
そして自分を振り返り、このめまいの原因はマンションの下の階に住む人とのトラブルがストレスとなって現れたことに気付き、また、仕事でも何でも頑張り過ぎて無理をしてしまう自分の癖に気付きました。
その後、めまいやふらつきの症状は出たり消えたりしながらも、三ヵ月後の二〇一〇年二月にはすっかり消えてしまいました。
◆ムチウチの逆行後、首が回るようになった